鳥の家(とりのいえ)

鳥の巣をつむいで、飛んだり、鳴いたりする記録

人生ってそうだったのか

体力再生プロジェクト、の夢想


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ある年齢に達すると、男はジョギングを始め、女は登山を始める。

体育会系の人の話だと思っていたけれど、中年期の急激な体力の低下に直面して、もしかしてこれは私も例外ではなく向き合うべき問題ではないか、と思い始めました。

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先日検診に行ったとき、恐ろしいポスターを発見しました。

「わが県の女性の平均寿命は88歳。健康で長生きを!」

げー! 88歳? あと…35年以上! 50代にして「体力なくて…」とか寝てる場合じゃないのでは。いや、これは体力を再構築するプロジェクトが必要不可欠じゃないか。これが中年クライシスのラスボスなのか!

ブログをさかのぼると、すでに40代から「冬に3回風邪ひきました」「検診で胃に異常が」「体力なくてしんどい」とか弱音は気まくりの私。体中からアラート鳴りまくってました。がんの発症は最後通告であったのだな…。

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だって、汗をかいて服を着替える、というのが面倒だし、運動服買うとかさばるし、うだうだうだ…。

どこから始めるべきか。きっと、時間をつくるところから始めるべきなんだろうな。

よし、朝に運動しよう。たとえば朝5時に起きる。朝型に転換するところから始めよう。朝に運動して、シャワーを浴びて、服を着替える。これを7時までに終えるようにする。どうだ!

そして、まずはイメージトレーニングからだ! 近くの公園まで歩いて、運動意識高い系の人のエネルギーを浴びる。いいぞ、吸って、吐いて、吸って、吐いて。ふーっ。そして戻ってくる。あ、雨が降り出した。雨の日はどうする? え、どうするの~?

そして服も買わなければ。着替えは何枚?ズボンはどんなの?

はあ、やっぱ面倒くさいかも……。いや、今度は本気でやろう。本気でやらないと、残り35年を死んだように生きることになるしな…。

と、思いつつ10年前の投稿を見ると、「体力が不安だから山登り始めるか」と書いてある。永遠のゼロだな、私の運動計画w


 


中年時代 創刊号

 私が小中学生のころ、「小学6年生」とか「中1時代」といった雑誌がありました。今、やる気まんまんのフレッシュ中年である私は(笑)、ふと「中年時代という雑誌があったらいいのに」と思ったりします。

■特集1:転んでますか?
 
 この秋、20年ぶりくらいに自転車で転びました。前かごの荷物が重くて漕ぎだしのバランスが崩れただけなんですけど、結構手はすりむいて血がにじんでるし、左肩はねんざするし(あまりに痛いのでレントゲン撮りました)、かなり想定外の重症でした。

 ただよく考えると、子供のころはもっと膝ズルむけでひどかった気がする(笑)、という話をすると、仕事仲間の1人が「うちの嫁は自転車で転んで肘の先の骨が折れたよ。その前は、肋骨を折ってたよ」と言い始め、「実は、実は」とかなり盛り上がったのでした(笑)。

 この話を書こうとしてたら今日、また建物を出る階段で転んでしまった。もしかしたら貧血も入っているかも(笑)。

 転倒の衝撃は大きいけど、子供は柔軟だから骨が折れない。でも大人は簡単に折れちゃうんですね。これは骨を鍛えなければいけない、と思い、魚を骨ごと柔らかく煮て食べるために、圧力鍋を買いました。でも違う料理ばかりしてます(笑)。

■特集2:R-40の世界
 
 先日から調停の仕事につきました。調停委員になるための条件は、40歳以上であること。40になるのを待って滑り込んだ私は、名実ともにピカピカの新人です。誰からも何も期待されない。いてくれるだけでいい(と思われてるはず)。何歳になっても、新人というのは楽でよいものです(笑)。

 人生の後半戦は、前半戦での疑問が次々と解明されていく「答え合わせの時代」だと思うし、「人生とはこういうものだ」と教えられてきたものが「実はそんなルール守らなくても、生き抜いていけばいいんだよ~」と種明かしされる「ネタばれの時代」だとも思います。

 調停には、離婚とか借金とかで人生の想定が崩れそうな人々がたくさん来るのですが、調停人はときに「実はこんな手もありますから、絶望しないで~」と次の一手をほのめかす(口に出してはいけないけど)役割を負っていたりします。先輩達からいろいろ学べそうです。いい仕事に就けてよかった。がんばるぞ~。

■特集3:おひとり様の役割
 
 子供を産まなかった女の人は、40歳になるとさすがに子を産まないことへのプレッシャーというか罪悪感のようなものから自由になってきます。あんまり結婚願望のなかった私ですら、この呪縛の大きさはすごかったなと思います。

 で、今は、子育てしないし結婚のしがらみが少ない、そして働けるという自分の立ち位置を上手に使って、もっと社会にいろいろ貢献できたらいいなと思っています。

 自分の子供がいる人は、子供と家族の利益を第一に考えるのが自然だし、それで社会がうまく保たれていると思います。一方、私は自分の子供がいないからこそ、他人の子供にもっと目を配っていけるだろうし、さらにもっと自由に、いろいろな人を支援できるのではないかな、と思っています。そこに社会の中の自分の役割を何となく感じている、今日このごろです。

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 特集を3つ組んだら、もうネタ切れしました。次の発刊は1年後かな(笑)。

置かれた場所で

ねむい…。今日しか休めない気がするのに、久しぶりに生さんまを買ってしまい、激しく後悔中。ていうか、ブログを書き始めている時間があったら寝るべきではないか(笑)。

okareta■   □

実家に帰ったら、母が「置かれた場所で咲きなさい」を買ってきてました。地元のベストセラー。著者はノートルダム清心女子大のシスターです。

職業や住む場所を選べて豊かな時代には、自分の置き場所を決めるのに制限がないので、置き場所選びに時間をかけることができます。私も時間をかけた方だと思います。

でも人生の半分を過ぎると、置き場所を早く決めた分だけ大きな花を咲かせている人もいるし、置き場所を迷い過ぎて崖っぷちで咲くことになった人もいる(笑)。何が「花」なのかという考え方も若いころと今では違うし、本当に人生というのは一度きりのスリルと楽しみがあるなと思います。

とにかくどこかの地点で「置かれた場所で咲こう」と腹をくくれる人が、人生の第二ステージを豊かにできるのだろうなと思います。

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今秋の大きなイベントの4分の3くらいが終わり、今は脱力中。お腹痛い。気が付いたら11月になってた(笑)。まだもうひとふんばり。次に気付いたらきっとクリスマスだ(笑)。

立ち読み書評:色即是空の共同幻想体

 うわー、毎日暑い、と思いつつ、寝られないので暑苦しい話を書いてしまいました。脳がオーバーヒートしている人は、クーラーのついた涼しい部屋で読んでください(笑)。

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 最近、朝鮮学校でのアートプロジェクトにかかわっているんですが、企画の打ち合わせを重ねるうちに「イメージ」と「リアル」についてよく考えるようになりました。

 私は、ネット上で在日コリアンの人を感情的に攻撃する書きこみを見て、こういう人たちは在日の存在を勝手な「イメージ」としてとらえているんではないか、と感じていました。でも実は、私のように積極的に在日の人にかかわろうとする人も同じで、「在日とはこんな人」という特定なイメージを持って恐る恐る接しているんだなと実感しています。

 リアルの在日コリアンの人たちは本当に何の変哲もない人なんですけど、そこに触れる一部の日本人が過剰なほどに拒否反応を起こしたり、過剰なほどに遠慮したりする。日本人が「在日」というイメージを鏡か触媒にして、自分の心の闇(孤立感、心の傷、社会での不安定さ、居場所のなさ、甘えさせてもらえない現状…などからくるやり場のない憎悪とか)を投影しているようにみえて仕方ないのです。

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aikokubook そんな中、久しぶりに力のあるルポを読みました。「ネットと愛国 在特会の『闇』を追いかけて」という安田浩一 さんの本です。

 今年7月、優れたジャーナリスト活動を行ったとして日本ジャーナリスト会議のJCJ賞に選ばれました。アマゾンの書評も、当然ながらネット右翼の人たちに酷評されていますが、いろいろな意見があって興味深いです。


 かつて「洗脳の楽園―ヤマギシ会という悲劇」を読んで以来の感動。こうした作品は、組織(特にユートピア幻想のような共同幻想をもつ人たちの組織)を一冊の本で揺さぶり、傾かせるほどの力を持っているのです。


 在特会とは、「在日特権を許さない市民の会」のことで、ネット右翼の人たちなどの間で2007年に発足。一時期会員1万人といわれていました。街頭で演説活動をしていたけれど、カリスマ的な会長を中心にして暴走的な行為がエスカレートし、逮捕者も発生した、という状況です。 

 ルポを書く人はどうやって共同幻想体に挑むかというと、メンバーを1人ひとり、取材していくわけです。リアルの生活、リアルの生い立ち、リアルの名前、リアルの知人や親族。リアルな人間関係の中で暮らす自分に戻ると、力を失った(ジブリアニメの)カオナシのような素の姿が見えてくる。

 現実の生活の中で何かへの怒りや不安を意識下にねじ伏せていることを、モヤモヤとした形でしか感じられないでいる、ふつうの市民。その「モヤモヤの原因が「在日」にある(と感じている)」ことを在特会メンバーに「共感し、受け入れてもらえた」喜びと快感。そして興奮が冷めた頃に一部の人が感じる、在特会の方向性と自分のリアルな気持ちとの小さなずれ。

 それが見えると、共同幻想のパーツがひとつ揺らぐわけです。安田さんは、罵声や脅しの声を黙って受け止めつつ、淡々とパーツの一つひとつに揺さぶりをかけていく。そうして1人ひとりを「リアル」に引き戻していき、最後には会長の「素の姿」にも迫ろうとする。

 安田さんは、最初から在特会の問題は「在日の問題」ではなくて「日本人の問題」だと分かっているんだな、と思いました。よく取材すると、在特会の中には在日の人もいたそうです。ということは、日本人に問題があるというより、もっと一般的な人間として深いところに原因があるのだと思います。

 もしかしたら、集団生活の中で一定の人から憎悪の感情が生まれること自体は、問題ではなく自然の摂理なのかもしれない。それをどう人を傷付けないで消化できるかが、集団生活している人間の知恵のしぼりどころなのかもしれない…。
 
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 かなり前、急にフジテレビを標的にして嫌韓流の人たちがデモをしたのには驚きましたが、あれは在特会とは関係ないみたいです。似たようなグループがいくつもある、ということは、今の社会は平穏なようだけれど、心の闇が作る共同幻想体がガスのあぶくのようにプゥーッ、プゥーッと膨らんでいるということなのでしょう。

 共同幻想体は、それが幻想ではないということを証明するために、メンバー同士で触れ合い「これはリアルだ」と肯定し合いながら行動をエスカレートさせる。それは破たんするまで続き、末期になるほど暴走が加速する、という点など、過去のナチスドイツや連合赤軍のあさま山荘事件、ヤマギシ会、オウム真理教などに共通するなあと思います。
  
 私はこういう事件や歴史を悲しいと思いながらも、じゃあその当事者たち(たとえばユダヤ人、在日の人、そして在特会の人も含む)と本当にリアルな交流をしようとしているのか、と自問自答しています。

 結局は遠巻きに見るか「見えない」ことで、私たちもイメージでしかその人たちの存在をとらえられないから、罵声を飛ばす在特会とリアルに立ち向かう力が出てこないのかもしれない…。そして、黙殺と言う形で「共同幻想体」を支えているのかもしれない。安田さんもこういう「静観する賛同者」の存在の不気味さを指摘しているし、私も一番考えないといけないことだろうと思っています。

修行はこれからだ

夏バテこわいよ~。1日1つしか仕事できない。あとはクーラーのきいた事務所で寝落ちしてしまう(笑)。

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 先日20年ぶりくらいの友達と会いました。彼女は3児の母にして、専門職も20年やっています。子供を持つ人に会うと、最近よく「そうかー、子供のいる人生ってどんなんだったんかなー。子供持ってみたかったなー」と言ってしまいます。すると、「Yさんは海外行ったり、いろいろしてきたからすごいじゃない。誰でも何かを得ようとしたら、得られないものが出てくるものだよ…」と言われました。 

 すべてを得ているように見える人でも、そのためにあきらめたものや失ったものがあるんだろうな。その境地は彼女にしか分からないんだろうけど、失ったものが何かは聞く必要もない。人生を半分も過ぎれば、みんな同じような思いを抱えているんだろうから。

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 成年後見という仕事をしています。私の成年後見しているおじいちゃんが病院での日帰り治療をするので、はじめての付き添いをしました。

 車いすに乗っても体は丸まったまま硬直して、口元は緩んで終始よだれが出てしまう。ベッドにいるときは表情も明るくてあどけない感じだけど、外出中はずっと緊張して目を見張っていました。大きな病院の待合のベッドに寝かされたおじいちゃんは、誰もそばにいなければ、ただの固い物体が転がっているだけのように見えました。

 タオルでよだれや鼻水をぬぐいながら、 その液体の湿り気に触れながら、老後というのは想像以上に大変な世界なんだと思いました。人生が修行だとするならば、実は修行はこれからが本番なのではないか、と思いました。

 そのおじいちゃんが治療を終えて介護タクシーで元の施設へ戻ると、笑顔の看護師さんたちが6,7人で「○○さん、おかえり~」と大合唱で出迎え、わーっと全員で抱きかかえて部屋まで運んで行きました(スロープとかエレベーターがない施設なので)。

 それを見て、私は本当に心が揺さぶられました。便や尿やよだれや食事や、すべての汚れた部分のお世話なしには生きていけない硬直した体の人に、丁寧に手をかけ、声をかけてくれるって、本当に尊い。「わー、天使を見た…」という感じでした。私はこんな人になれるのだろうか…。

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 裁判所の調停委員という仕事を、秋からすることになりました。あまり力を入れていたわけではないけど、ここ1,2年で調停関係の研修を受けたり、講師になったりする機会がありました。時の流れに身を任せていると、船が勝手に「調停」という方向に向かって進み始めた、という感じ。

 面接の時「あなたは団体などでいろいろな役職をしていますが、これは自分から志願したものですか、それとも周りから依頼されたのですか」と聞かれました。ふーん、そういうところを見るんだ。がつがつした人はお断り、ということなのね(笑)。

 私が勉強している調停の仕事というのは、人と人の間に立って話を聞いて、お互いの気持ちが通うように対話の回路を修復する技術職です。「伝わらない言葉」を「伝わる言葉」へと、日本語の「翻訳」もするんです。面白いなーと思います。

 さ、修行、修行(笑)。

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Profile
瀬戸内海沿いの町に住んでいます。世界中から私の町にやって来る人と、各地に飛んで行って生活している人たちが、自由に出入りできる「とりのいえ」をつくりました。

今はアドバルーンのように打ち上げているだけですが、いつか本物のとりのいえを作りたいなあ。

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