鳥の家(とりのいえ)

鳥の巣をつむいで、飛んだり、鳴いたりする記録

2010年05月

週末いろいろ

瞬間最大風速的に痩せている私ですが、つい昨日パーティードレスを買ってしまいました。

これはいわば、バブル絶頂期に一番高い不動産を買うようなもの。せめて7月に招待された結婚式までこの体重を死守しなければ、ドレスはドブに捨てるようなもの。緊張の日々が始まります(笑)。

でもよく考えると、痩せたのでアメリカ時代のパーティードレスも着られるようになっていました。ああ、事業仕分けで捨てなくてよかった。やっぱり結婚式は、このアカデミー賞仕様のロングドレスにしようかな(笑)。

□   □

crossing ドレスを買ったその足でシネマ・クレールへ行き、映画「crossing」を見ました。大の大人2人が「ぶっちゃけ泣いちゃったよー。ハンカチいるよー」というので100円ショップで買っていったのですが、ぶっちゃけ泣きませんでした。私の心の琴線はよく人とは違うところにあるので、あまり驚くことではないけれど。


ストーリーは、妻の薬を調達するため夫が単身で北朝鮮から中国へ出稼ぎに行き、そこから運命に翻弄されながらも再会を目指す家族の姿を描いています。

戦争状態、といっていいと思いますが、こういう戦場のような風景を見ると、感傷的な感情がシャットアウトされてしまうんですよね。きっと、あまりにもその世界に入りすぎるからだと思います。その世界が現実だと思うと、うかつに涙を流せない。ただ、その映像を心に刻むような感じで見入ってしまうのです。

ただ、壮絶な貧困の中を生きているという、かの国の事実を突きつけられたあと、ドレスの入った紙袋を持って家に帰ることがかなり苦しかったです。 

□   □

Image061 その前には、高松へ出張。お、高知行きのあんぱんまん列車も発見。







Image063 高松では、おろし梅ぶっかけうどんを食べました。胃にしみわたるねえー。






Image066 高松駅は終着駅です。線路も「ここまで」とばかりに終わっています。こういう駅が、とても好きです。一番好きなのは、近鉄吉野駅。


□   □




Image067 友達が、プレゼントにハートツリーをくれました。育てると、ハート形の実がなるのだとか。本当かなあ。育てていれば、答えは出てきますね。大切に育てます。ありがとう!

備忘録的に

仕事していて、ふと検索に引っかかってしまった。

犬好きではないけれど、文章の美しさから目が離せません。

とりあえず、備忘録的にここへ。

仕事が終わったらゆっくり読もう。

犬と生きる、ひかりと暮らす。

誕生月に寄せて

こんばんは、みなさま。

小さな波がありながらも、かなり通常モードに戻っていますが、はたと気づくと、落ち込み状態のときに書いた文章がまだ残っていました。

「誕生月に寄せて」と書いてあるので、まあ今月中に載せねばなるまい、ということで今日載せます。またもや神がかり的な感じで申し訳ありません。もう天も地もごちゃまぜ状態だったんだと思います。

そんな状態の文章でも、ちゃんと最初は笑いを取ろうとしているあたりが、我ながらいじらしい(笑)。

じゃ、どうぞ。

□   □


幼いころ、母は38歳でした。次の年も、母は38歳でした。その次の年も、母は38歳でした。

「お母さん、どうして毎年38歳なの?」
「お母さんは、しばらくずっと38歳なのよ」

女の人はある一定の年齢になると、年を止めたくなるということが分かったのは、ずっと後のことでした(笑)。

□   □

今月は、私の38歳の誕生月です。なので、今年また思ったことを書いてみます。

□   □

earth


突然夜中に目覚めて、夜が明けるまで考えていたことは、愛とは何かということ、美とは何かということ、喜びとは何かということです。

愛するとか愛されるということは、誰かが意識を持って特定の者に何かの行為をするという語感があるけれど、もっと実は無意識的で無差別な行為だと、最近は思います。いつくしみ、いつくしまれるという言い方の方がピンとくる感じかな。

地球という星は、多様な生命という、明らかに他の星と比べて違うものを持っています。地球だけが驚くほど美しいのは、そこだけがさまざまな環境に守られて、多様な生命が息づいているからです。ここに住む生き物はみんな、この美しさの中に住みたいと思って生まれ、生き抜いていこうとします。だからきっと、ここに生まれたということ自体が、すでにこの星をいつくしんでいきたいという思いであり、生まれた時点ですでにこの星に守られ、いつくしまれているということなんだと思います。それはあたかも、木々がただ生きているだけなのに二酸化炭素を吸い込み、酸素を放出し続け、私たちを生かしているのと同じように、人間もまた、生きているだけでこの星を生かし(いつくしみ)、生かされている(いつくしまれている)存在なのだと思うのです。

人がいつも美しさを求めて、ときに自分の手で美しさを作り出したいと思うのは、やっぱり美しさの中で生まれて、自分もその美しさを増して、そして残して去っていきたいと願うからではないかと思います。同時に、美しさを生み出す毎日というのは、身を削るような苦しみと一瞬の快楽の繰り返しだということを知るのです。

赤ちゃんから小学生くらいまでの子どもは、新しい「おともだち」に会うと、目をキラキラと輝かせて満面の笑みをたたえて喜びます。大人になってすら、ただ「出会う」ということだけに深く感動する場面があります。ただ「出会う」ためだけに何十万、何百万もの大金をはたいて惜しまない人たち。そして出会いを求めて旅をして、最新機器を駆使して広く、広くつながっていこうとします。時計を発明し、ニュースを流し続け、「今、同じ時を生きている人たち」が何を感じ、何をしているのかを感じ取ろうとします。

この星に生きている人たちに共通しているのは「今、同じ時を生きている」という1点のみであって、「それを感じながら、喜び合いたい」と思っているから、人は出会いを求めるし、子どもであるほどその喜びを率直に表現するのではないかと思うのです。

自分は生きるのがつらいし、美しいものは嫌いだし、人と会いたくない、という人もいると思いますが、それでも生きているだけで美しさの一部となっていて、喜ばれる存在となっているし、死ぬときでさえ、生きていたからこその感慨や哀しみを周りの人に起こさせ、それが他の人の生きる糧となることもあります。

たとえ人間が放射性物質の毒で地球を汚し切って滅亡したとしても、きっと生き物の全てを殺すことはできないでしょう。ほんの何十年もの時がたてば眠っていた種が芽を吹き、プランクトンも動き出す。人が地球を滅ぼせると思うのは、思いあがった考えだと思います。すべての人を殺すことすら、本当はできないかもしれないのに。

そう思うと、あまり焦ることはないと思います。最低限、生きていればいい。最低限のものだけを持っていればいい。暗闇のような人生でも、まぶしい日の出や涼しい風を感じて心が緩む瞬間もあると思います。そして、人はそれを感じるために生まれたのだとすれば、意識するかどうかに関わらず、毎日何か得ているものがあるのだと思います。貧しい国に住む人の方が豊かな国の人より幸せそうに見えることがあるとすれば、こういう理由なのだと思います。

だから、生まれてきたのもまんざら悪くない、というのが、今年の私の思いです。みなさま、今年もよろしくお願いいたします。

無明について

絶食状態でいると、ふと神がかり的な考えが降りてきたりします。ふらふらしてたし、天国が近かったのかも(笑)。

忘れないようにと書きつけたものをひとつ、ここにも書いておきます。私が書いたとは思えないんだけど。

□   □

無明について

無明とは、本能の闇。生き物すべてが持つ、深い宇宙。欲、色、情を内包してうずまく漆黒の世界。

ときには悪と呼ばれ、価値がないとみなされるけど、日本は違う。生命の証(あか)しともいえる無明を受入れ、深く見つめている。

無明は甘い。
無明は優しい。
無明は懐かしい。
無明は暖かい。
無明は幻想的。
無明は創造的。
そして無明は、慈愛に包まれている。

なぜなら人は無明の中で懸命に高みへ抜け出そうとするから。その中で魂が浄化されていくことが、分かっているから。

浄化された魂は、無明を限りなくいつくしむ。見守り、励まし、心配しながら。

無明の中へ自ら身を沈め、愛しい人々を抱きしめているのが、悪魔。

無明の外縁で、道しるべの灯明を掲げているのが、天使。

もう大丈夫そうな火曜

失恋6日目。やっと朝まで目覚めず眠れるようになりました。今回はすごくたくさんのアドバイスをもらい、それに救われました。相談に乗ってくれた皆さん、本当にありがとう。

体重は4キロ落ちて、みんなから「きれいになった」と賛辞の声が。おおー、思わぬ「おつり」があったなあ。

七転び八起き。せっかく瞬間最大風速的にやせたので、今日は仕事の証明写真でも撮りに行こうっと(笑)。
最新コメント
記事検索
QRコード
QRコード
Profile
瀬戸内海沿いの町に住んでいます。世界中から私の町にやって来る人と、各地に飛んで行って生活している人たちが、自由に出入りできる「とりのいえ」をつくりました。

今はアドバルーンのように打ち上げているだけですが、いつか本物のとりのいえを作りたいなあ。

  • ライブドアブログ